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December 30, 2009

久しぶりにお空で会った

先日…こう書くとまた先日の話なんだが…自宅で一人のんびりと夕方、K2の電源を入れて7MHzを聞いているとJO3HPM/NaoさんのCQが聞こえてきた。うちの弱小ベランダアンテナにもしっかりと3エリアからの電波は入感してくる。K2/5Wで届くかな?と思いつつ声をかけると579のレポートを頂いた。「LONG TIME NO SEE」とのこと。久しぶりにしばしQSOを満喫させて頂いた。楽しいな、こんな風に旧知の仲の人に空で会い、近況を報告しあう…。きちんとしたアンテナがあれば、もっとこういう機会が増えるであろうに…。

20分ほどであったが、いろいろとお話しさせて頂き、手作りのK2からわずか5〜10Wの電力で500kmも電波は飛んでいってくれる…。
実に満足した年の瀬のQSOでした。

飯山線に乗る

先日、小出で仕事を終えた後、新潟に戻るために車を先日止めておいた十日町駅まで取りに戻るため上越線で小出から越後川口にいたり、そこから飯山線にそれこそ何年ぶりにだろうか、乗った。

何年ぶりかの飯山線は寂しいものだった。列車発車時刻になっても誰一人乗ってこない。たった一両の列車に、乗客は私一人だ。これで十日町まで行くらしい。途中で誰か乗るのだろうか?飯山線の車内は以前乗ったときの印象と異なっていた。横座りできる席に一人広々と座る。なんと言ったってこの列車に乗客は僕一人なのだから。
その後、長岡からの電車が遅れて、その接続を待つために出発は少し遅れた。長岡からの接続で、ようやく乗客が4人増えた。全部で5人だ。なんて賑やかなのだろうか…。そして3分遅れで出発した。

列車は内ヶ巻、岩沢を経て十日町に向かう…。
内ヶ巻は駅のまわりに小さな家が一軒だけ建つ無人駅だ。どうしてこんな山中に、駅ができたのか不思議でならない。まわりには田んぼが続く。内ヶ巻を出て岩沢に向かう道筋は信濃川の河畔を行く。雄大な信濃川の彎曲部を眺めながら列車はゆっくりと進んでいく。このあたりはトンネルも多く、スピードもあまりでない。でも風情があって嫌いではない。

岩沢駅は内ヶ巻よりはやや大きめな駅ではあるが、やはり無人駅だ。まわりには家がかなり多いのだがそれでも過疎化の厳しさをひしひしと感じさせる風情の町だ。岩沢を超えるとしばし直線線路となるが、過ぎにまたトンネルに入り、信濃川の縁を南に向かって進んでいくのだ。この飯山線は信濃川の縁をつかず離れずで飯山まで行く線路なのだ。やがて十日町に入ると、端の田んぼに雪を散見するようになる。信濃川は相変わらず手の届きそうなすぐそこを蕩々と流れている。このあたり飯山線は最高速度80km/hrを出す。線路の継ぎ目をわたる「カタンカタン」という音が軽快だ。

下条駅は十日町市に入って初めての駅だ。ここも下条の中心地に有りながらやはり無人駅だ。

ここでちょっと考える…。
列車は田舎にあっては既に前時代的な乗り物かも知れない。バスよりも料金は高めだし本数も少ない。でも、この広い車内でのんびりしながらアルコールだって飲みながら、少し煩わしさや面倒くささを感じながら思いがけなく遠方まで確実に、渋滞もなく運んでくれる、けっこう贅沢な乗り物なのだ。窓は飛行機よりも広く車内は明るい。バスのようにしょっちゅう泊まったり動いたりしない。トイレ付きの車両ではトイレも自由だ。
こんな快適な乗り物を、もっと利用しない手はないのではないだろうか。

魚沼中条では乗客が一人降り、そして一人乗ってきて結局乗客は私を入れて5人だけ。最後まで、ゆったりとした時間を過ごし、のんびりとしたいっときの旅を楽しむことができた。

人はもっと歩き、もっと旅というものを味わうことができたのに今や、車でドアツードアでサササっと移動できて便利さの中で旅の楽しみ方を忘れてしまっているのではないだろうか。
ちょっと不便な電車の旅、でも時間をふんだんに使い、スペースを大きく使い、多くの空間を独り占めしながら行く列車の旅は、贅沢なものともいえよう。

そんなことを書いているうちに列車は十日町駅に着こうとしていた。
こうして小さな列車の旅は終わった。

December 20, 2009

富士山遭難

富士山で片山右京氏と、一緒に上っていた人が遭難し、二人が亡くなった。
取材に応じ、会見した片山右京氏は号泣していた。
山で友を亡くし、その最後をいっしょに過ごした氏の心中は察するにあまりある。
山で友を失うことは、とてつもなく辛く悲しいことだ。
現実が心を痛めつけるのはこれからだろう。
時がたつほどにひしひしと残された身の上にしみてくる。
しばらくは山になど登れないのではないだろうか…。

こんな事故を見聞きするたびに16年半前、月山で逝った4人の友を想う。
そして事故で一人生き残った後輩を想う。

December 19, 2009

COP15

COP15が妥協に妥協を重ねた上で、ようやく体裁だけを取り繕って合意された、らしい。

具体的な数値目標も定められず、各国の努力目標を1月末までに書き込むだけのようなものとなったようだ。

話は少々飛ぶのだが、以前新聞の対談欄を読んでいたところ、ある科学者が「文明が発達したのになぜ我々は宇宙人に会わないのか?」とする質問に対する答えを「高度文明は電波を出すようになるとおよそ100年から1000年の間に滅ぶ、だから我々はそれ以上に高度に発達した文明に出会わない、という考え方がある」と言っていた。

私は「ナルホド」と思ったものだ。

今回のCOP15の顛末を見聞きして、結局人間という動物はこの地球上にあって活動しているのだが、やがてその成長の臨界点を迎え、急速に変化することを余儀なくされるのだろう、だから宇宙人に出会うこともないだろうし、今後宇宙に進出して遠い星々へ旅することもないんだろうな、という感想を持った。

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